今地域に求められる医療が提供できる病院を目指して
当院は諫早市久山町に1982年2月「宮崎脳神経外科病院」で開院し、1988年1月「医療法人三佼会 宮崎病院」を経て、2014年4月現在の「社会医療法人三佼会 宮崎病院」となり、宮崎診療所との2施設(計153床)からなる「三佼会グループ」として組織の統合・再編を行ってきました。
「三佼会」という名称は、患者と家族・医療従事者・業者の三者が協力して「病」を癒していこうという発想に由来しています。そして、三佼会すべての職員の病院理念(行動規範)として「心を込めて、患者様のために」を胸に、地域医療の発展に貢献できるようこれまで努めてきました。
現在、日本は世界でもまれな少子高齢化社会をむかえ、医療・介護の分野も様々な改革が迫られている大変厳しい状況です。また、長崎県は離島・へき地などの問題も多いほか、全国的に見ても高齢化率が高く、国の政策も追いつかず医療過疎の地域が増えてきています。そのような中で三佼会に今地域が求められている医療とはなにか、また地域医療のなかでどのような役割を担う病院として存在し貢献していくことができるのか、自院のポジショニングを問われ重要な課題に直面していると感じています。
これまでの三佼会の特徴・役割としては以下のような点が挙げられます。
- 救急医療を要件とした社会医療法人で脳神経外科を主体とした救急病院
- 急性期病棟に加え地域包括ケア病棟・回復期病棟を持つケアミックス型病院
- 予防医学(総合健診センター)・介護(通所リハビリテーション・居宅介護支援事業所など)の機能を併設する病院
今回、私が平成30年6月1日付で三佼会の理事長に就任致しました。そして、三佼会も人事交代など大きな変革を経て、自院のポジショニングを再考する一年となりました。
これからは1.にある救急病院としての在り方を見直し、「かかりつけの病院」として機能できるように充実させていきたいと考えています。二次救急病院としてはもちろんですが、専門医(19の基本領域専門医)のみではなく病院総合医(専門科領域に関わらず総合的に病態に対応できる医師)を育成し、総合的に病態を診る(複数の疾患を持つ患者様にも柔軟に対応する)ことに重点を置いていきます。一方で脳神経外科については自院のみで対応できない患者様には速やかに診断し(超急性期病棟を持つ)三次救急病院へ紹介するなど連携強化を図っていきます。また、新たなビジョン(目指す将来像)・ミッション(使命)として、
4. 新たなビジョン・ミッション
地域包括ケアシステムの中核病院となり、患者様の「健康寿命」を延ばし、「その人らしく」生きる力を育てる・支える
をかかげ、新たな病院づくりに努めていきたいと考えています。
これからも病院理念を念頭に、地域医療の発展に貢献するため三佼会の職員一同協力しながら一層努力していきますので、今まで同様に皆様方のご理解ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
以上、簡単ではありますが、就任のご挨拶とさせて頂きます。
平成31年2月吉日
社会医療法人三佼会 理事長 宮崎 雅也